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正規店で時計が値引きされないのは、ブランドが禁止しているからではない|独占禁止法から見た定価

機械式腕時計のムーブメント。正規店の価格が動かない仕組みを独占禁止法から整理した記事のアイキャッチ Watch|時計
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高級時計の正規店では、値札の金額がそのまま支払う金額になります。19本すべて正規店で買ってきて、それが当たり前の景色でした。

なぜそうなっているのかを調べ始めたのは、検索して出てくる説明がどれも同じだったからです。「ブランド価値を守るため」「メーカーが値引きを許さないから」。ところが、メーカーが小売店に値引きさせないよう縛る行為は、独占禁止法では原則として違法です。

つまりこの説明は、そのままでは成り立ちません。では実際には何が起きているのか。公正取引委員会の文書を読んでいくと、答えは「禁止されているから」ではなく「そもそも縛る必要がない形に流通が作られているから」でした。

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結論から

  • メーカーが独立した販売店に「値引きするな」と縛るのは、独占禁止法2条9項4号の再販売価格の拘束にあたり、原則として違法です
  • 公正取引委員会は、メーカーが価格を示すときは「『定価』ではなく『参考価格』『メーカー希望小売価格』という言葉を使え」とまで書いています
  • ただしメーカーの直営店や委託販売なら話が別です。自分の店の値段を自分で決めているだけなので、そもそも拘束の問題が起きません
  • さらに選択的流通という仕組みがあり、合理的な基準を作れば、結果として安売り業者が正規の取扱いから外れても適法です
  • だから読者側で確かめられるのは価格の交渉余地ではなく、行く店が誰の店なのかです

「ブランドが値引きを禁止している」が成り立たない理由

まず条文から見ます。独占禁止法(e-Gov法令検索)の2条9項4号は、不公正な取引方法のひとつとしてこう書いています。

四 自己の供給する商品を購入する相手方に、正当な理由がないのに、次のいずれかに掲げる拘束の条件を付けて、当該商品を供給すること。
イ 相手方に対しその販売する当該商品の販売価格を定めてこれを維持させることその他相手方の当該商品の販売価格の自由な決定を拘束すること。

「販売価格の自由な決定を拘束すること」という部分が要点です。メーカーが時計を卸した先の店に対して「この値段で売れ、下げるな」と条件を付ければ、これに当たります。

公正取引委員会の流通・取引慣行に関する独占禁止法上の指針は、もっとはっきり書いています。

事業者がマーケティングの一環として、又は流通業者の要請を受けて、流通業者の販売価格を拘束する場合には、流通業者間の価格競争を減少・消滅させることになることから、このような行為は原則として不公正な取引方法として違法となる。

「原則として違法」です。例外扱いではなく、これが基本の立場になっています。

「定価」という言葉自体が推奨されていない

同じ指針の注4に、これは知らなかったという記述がありました。

希望小売価格等を流通業者に通知する場合には、「正価」、「定価」といった表示や金額のみの表示ではなく、「参考価格」、「メーカー希望小売価格」といった非拘束的な用語を用いる

公正取引委員会は「定価」という言い方を避けるよう求めているわけです。「定価」だと、その値段で売れという指示に読まれかねないからです。

時計の世界では当たり前のように「定価」と言いますし、店頭でもそう呼ばれます。ただ制度の側から見ると、メーカーが示す金額はあくまで参考であって、店が従う義務のあるものではない、というのが建前になっています。

では再販売価格を維持できる商品は何か

独占禁止法には例外規定もあります。23条が、公正取引委員会の指定する商品と著作物については、再販売価格を決めて維持する契約を認めています。

ただし対象は限定されていて、条文は指定の要件を「当該商品が一般消費者により日常使用されるもの」「当該商品について自由な競争が行われている」の2つに絞っています。

そしてこの「指定商品」は、もう1つも残っていません。 公正取引委員会の平成9年度年次報告にこう書かれています。

当委員会は,これを受けて,化粧品14品目,一般用医薬品14品目の指定を平成9年4月1日から取り消した。これにより,昭和28年以降行われてきた再販指定商品の指定はすべて取り消された。

1997年4月1日をもって、指定商品はゼロになりました。 いま残っているのは著作物のほうだけで、その範囲も書籍・雑誌・新聞・レコード盤・音楽用テープ・音楽用CDの6つに限定されています。高級時計はどちらにも入りません。

それでも値段が動かないのは、店の立場が違うから

ここまでだと「じゃあ正規店は値引きできるはずだ」で終わってしまいます。実際にはそうならない。理由は、指針の同じ節にありました。

事業者の直接の取引先事業者が単なる取次ぎとして機能しており、実質的にみて当該事業者が販売していると認められる場合には、当該事業者が当該取引先事業者に対して価格を指示しても、通常、違法とはならない。

そして具体例の1つ目に、委託販売が挙がっています。売れ残りや商品が壊れた場合の危険を店が負わず、委託した側の計算で取引が行われている場合です。

公正取引委員会は、実際の相談に対してもこの考え方で答えています。「単なる取次として機能する卸売業者の再販売価格の指示」(平成13年・事例2)では、卸売業者が物流と代金回収だけを担って手数料を受け取る形に変えたいという相談に対して、こう結論しています。

卸売業者に在庫リスクが生じないことから、本件取引形態は、実質的にはA社がB会に販売するものといえ、独占禁止法上の問題はない

判断の分かれ目は「在庫リスクを誰が負っているか」です。売れ残りを抱えるのが店なら、その店が値段を決める立場にいる。抱えないなら、実質的に売っているのはメーカーのほうだ、という整理になります。

これが分かれ目でした。整理するとこうなります。

店の立場 値段を決めるのは メーカーが価格を指示すると
メーカーの直営店(メーカーの日本法人などが運営) メーカー自身 そもそも「再販売」ではない。問題にならない
委託販売(店は在庫リスクを負わない取次ぎ) 委託した側 実質的にメーカーが売っているので、通常は違法にならない
独立した販売店(自分で仕入れて在庫を持つ) その店 原則として違法(2条9項4号)

同じ「正規店」という言葉で呼ばれていても、制度上の位置がまったく違います。 上の2つでは値引きが出てこないのは当然で、禁止されているのではなく、店に値段を決める立場がないというだけです。

一番下の形であれば、理屈のうえでは店の判断で引けます。実際に引くかどうかは別の話ですが、少なくとも「メーカーに禁じられているから引けない」という説明はここでは通りません。

ただし、どの店がどの形なのかは、たいてい公表されていません。 ここが調べていて一番もどかしかったところです。看板を見ても分かりませんし、店員に聞く話でもない。手がかりになるのは、その店のウェブサイトの会社概要や特定商取引法に基づく表示で、運営会社がメーカーの日本法人なのか、独立した時計店なのかを見ることくらいです。

安売り店が正規の取扱いに入ってこない理由

もうひとつ、値段が動かない構造があります。同じ指針の第2部に選択的流通という項目があります。

商品を取り扱う流通業者に関して設定される基準が、当該商品の品質の保持、適切な使用の確保等、消費者の利益の観点からそれなりの合理的な理由に基づくものと認められ、かつ、当該商品の取扱いを希望する他の流通業者に対しても同等の基準が適用される場合には、たとえ事業者が選択的流通を採用した結果として、特定の安売り業者等が基準を満たさず、当該商品を取り扱うことができなかったとしても、通常、問題とはならない。

内装、技術者の常駐、アフターサービスの体制といった基準を作ることは適法で、その結果として安売りを主軸にする店が基準を満たせず取扱いから外れても、通常は問題にならない、と書いてあります。

価格を直接縛れば違法ですが、取扱う店の条件を決めることは許されている。この差は大きくて、ここで実質的に価格競争の起きにくい売り場が出来上がります。

なお指針は、安売りを理由に出荷を止めることについては別に釘を刺していて、「従来から直接取引している流通業者に対して、安売りを行うことを理由に出荷停止を行うことも、通常、価格競争を阻害するおそれがあり、原則として不公正な取引方法に該当し、違法となる」としています。基準で選ぶのは適法、安く売ったから止めるのは違法、という線引きです。

「定価より高い」は問題にならないのか

ここまで下げる話ばかり書きましたが、条文を読み直すと引っかかるところがあります。禁じられているのは「販売価格の自由な決定を拘束すること」でした。下げる自由だけを守っているわけではありません。

つまり制度の建前としては、店は上にも下にも自由に値段を決められるということになります。メーカーが「この金額より安く売るな」と縛るのが違法なのと同じ理由で、「この金額より高く売るな」と縛るのも、販売価格の自由な決定を拘束する行為です。

並行輸入店が人気モデルを参考価格より高い金額で並べているのは、この構造の帰結でもあります。メーカーとの取引関係が無いので、上限を示される立場にそもそもいない。 正規店の値札が動かないことと、並行店の値札が大きく動くことは、同じ1本の線の両側にあります。

`ロレックス 定価で買う方法` という検索が多いのも、ここに理由がありました。参考価格で買えるのが当たり前ではなくなっているから、わざわざ「定価で」と付けて調べることになります。

もっとも、これを知っても正規店で「じゃあ安くできますよね」とはなりません。制度が自由を保障しているのは店であって、買う側ではないからです。ここは読んでいて少し虚しくなった部分でした。

行く前に確かめられること

制度を追いかけた結論として、当日その場でできることはほとんどありません。事前に見ておけるものだけ挙げます。

① 運営会社を見る

店のウェブサイトの会社概要か、通販をやっているなら特定商取引法に基づく表示に、運営者が書いてあります。ここがメーカーの日本法人なのか、独立した時計店なのかで、上の表のどこに当たるかがだいたい見当が付きます。

正確なところは分かりません。直営に見えても契約上は委託かもしれないし、逆もあります。 それでも「誰の店に行くのか」を知らずに行くよりはましだと思っています。

② 複数の正規店を比べてみる

同じブランドを扱う店が複数あるとき、運営会社が別々のことがあります。片方がメーカー系、片方が独立した時計店、という組み合わせです。

在庫の状況も接客も変わってきますが、値段の話ができる可能性があるとすれば後者のほうです。ただし人気モデルはそもそも在庫が回ってこないので、この差が効いてくるのは、待たなくても買えるモデルのほうでした。

③ 値札以外で詰められるところを先に決めておく

価格が動かない前提に立つと、詰められるのは支払いの側だけになります。カードの枠、商品券、当日の段取り。この3つは行く前に全部決められます。

値引き以外に、金額が動く余地はあるのか

制度の話をひととおり読んだところで、正直に書いておくと、これを知っても安く買えるようにはなりません。交渉の材料にもなりません。「独占禁止法では」と切り出したところで、直営店なら話が噛み合わないだけです。

現実的に金額が変わりうるのは、値札そのものではなく支払いの側でした。商品券を額面より安く調達できれば、その差額はそのまま値引きと同じ効果になります。ここは実際にやってきた話なので、支払い方法の記事のほうに書きました。

外商はどうなのか

`外商 時計 値引き` という検索がそれなりにあります。百貨店の外商なら引けるのか、という関心です。

外商の運用は公表されていないので、ここでは制度の側から言えることだけ書きます。 判断の分かれ目は上の表と同じで、その百貨店が自分で仕入れて在庫リスクを負っているのか、売り場を貸して取次いでいるだけなのかです。前者なら値段を決めているのは百貨店なので、理屈のうえでは余地があります。後者なら、決めているのは百貨店ではありません。

同じ百貨店の中でも売り場によって形が違うことがあるので、「外商だから引ける」とは言えない、というのが調べた範囲での結論です。

並行輸入店の値段が安いのは、この構造の外にいるから

正規の流通に入らずに海外から仕入れてくる店は、ここまでの話がまるごと当てはまりません。メーカーとの取引関係がないので、価格を指示される立場にそもそもいない。だから自分で値段を決められます。

適法性や保証がどうなるかは、関税法と業界団体の資料まで戻って別記事にまとめました。この記事は正規側の価格が動かない理由だけを扱っています。

買う側として、結局どこを見るか

制度を追いかけて残ったのは、価格交渉の余地を探すより先に見るところがある、ということでした。

1. 行く店の運営会社を見る。 会社概要か特定商取引法に基づく表示に出ています。メーカーの日本法人なのか、独立した時計店なのか

2. メーカーが示している金額は「参考価格」という位置づけだと知っておく。「定価」は制度上の言葉ではありません

3. 値札が動かない前提で、支払い方法の側で詰められるところを詰める

4. 正規と並行のどちらで買うかは、価格だけでなく保証がどこまで効くかで決める

正規店の値札が動かないなら、経路を変えるとどうなるのかという話になります。海外で買って持ち帰る場合にいくら乗るのかは、税関の計算式から正確に出せました。

よくある質問

正規店で値引き交渉をしてもいいですか

法律が禁じているわけではないので、聞くこと自体は問題ありません。ただし相手が直営店や委託販売の売り場なら、その場の担当者に値段を決める権限がありません。 断られるというより、判断する立場にないという話になります。

「定価」と「メーカー希望小売価格」は違うものですか

制度上は後者が正しい言い方です。公正取引委員会の指針は、「正価」「定価」といった表示ではなく「参考価格」「メーカー希望小売価格」という非拘束的な用語を使うよう求めています。日常会話では区別せず使われていますが、店が従う義務のある金額ではないという点が違います。

メーカーが値引きを禁止していたら、通報できますか

独占禁止法違反の疑いがあるものとして、公正取引委員会に情報を提供する窓口はあります。ただし直営や委託販売の場合はそもそも違反になりません。この記事の表のどこに当たるのかを先に確かめないと、話が噛み合いません。

品薄だから値引きしない、という説明は間違っているのですか

間違ってはいません。需要が供給を上回っていれば値引きする理由がないのは、そのとおりです。ただしそれは値引きしない理由であって、値引きできない理由ではありません。この記事で書いたのは後者のほうです。両方が同時に効いています。

中古や並行店でも同じですか

違います。二次流通の店は自分で仕入れて在庫を持っているので、値段を決めているのはその店です。買取価格が店によって変わる理由は、査定基準の違いではなく出口の違いでした。別記事にまとめています。

まとめ

  • メーカーが独立した販売店の販売価格を拘束するのは、独占禁止法2条9項4号で原則として違法
  • 公正取引委員会は「定価」ではなく「参考価格」「メーカー希望小売価格」を使うよう求めている
  • それでも値段が動かないのは、正規店の多くが直営か委託販売で、店に値段を決める立場がないから
  • 選択的流通により、合理的な基準で取扱店を選ぶことは適法。結果として安売り業者は入ってこない
  • 一方で、安売りを理由に出荷を止めるのは原則として違法
  • 読者側で確かめられるのは交渉の余地ではなく、行く店の運営会社が誰か

制度が分かっても値段は下がりません。ただ「ブランドが許さないから」で止まっていたところが、誰が値段を決めているかという問いに置き換わると、店の見え方は少し変わりました。

※ 本記事は情報提供を目的としており、特定の店舗・ブランド・商品の購入を勧誘するものではありません。独占禁止法上の評価は個別の取引実態に即して判断されるもので、本記事は公表されている条文とガイドラインの一般的な内容を整理したものです。特定のブランドや店舗が実際にどの取引形態を採っているかについては、公表資料が無いため記載していません。法令の解釈や個別の事案については、公正取引委員会または専門家にご確認ください。記載内容は2026年8月時点のものです。