時計は2023年以降で18本の売買をしてきましたが、自分の手元に置いたものは全部、正規店で買っています。並行輸入店で買ったことは一度もありません。
なので「並行で買ってみたらこうだった」という話は書けません。書けるのは、法令と業界団体が何と言っているかを確かめた結果だけです。
というのも、この件を検索してみて少し驚きました。上位に並んだ記事が、買取業者か並行輸入店のどちらかで埋まっていたからです。売る側が書いた記事が悪いわけではないんですが、「並行は問題ないですよ」と「正規のほうが安心ですよ」が両方出てきて、根拠として法令を引いているものが1本もない。それなら原文を見に行ったほうが早いと思って、税関とJETROと日本時計協会をあたりました。
「並行輸入品」は品物のランクではなく、仕入れ経路の呼び名
まずここが一番よく混ざっています。
正規輸入は、メーカーから各国の正規代理店や日本法人を通って、正規店に並ぶ流れです。並行輸入は、その流れとは別に、海外の正規店や卸から買い付けて日本に持ち込んだもの。違うのは経路であって、時計そのものの製造元ではありません。
だから並行輸入品はコピー品とイコールではないですし、逆に「並行だから中身が劣る」わけでもないです。
ただ、経路の呼び名でしかないということは、裏を返すと同じ「並行輸入品」という一語の中に、状態も付属品の有無もバラバラのものが入っているということでもあります。ここが少しやっかいなところで、「並行輸入品はどうですか」という質問に一言で答えられないのは、そもそも粒度が粗い言葉だからです。
違法ではない、の根拠は税関がはっきり書いている
ここは推測で書きたくないので、財務省・税関のカスタムスアンサーの原文を引きます。
ただし、権利者から輸入の許諾を得た物品や、商標権等の侵害とならない並行輸入品などは、知的財産侵害物品とはならないので輸入することができます。(関税法第69条の11)
国の機関が「輸入することができます」と書いているので、この点はもう争う話ではないです。
ただ読み飛ばしてほしくないのが、「商標権等の侵害とならない」という条件が頭に付いていることです。並行輸入だから無条件でセーフ、とは書いていません。
侵害にならないための3つの要件
その条件の中身は、ジェトロ(日本貿易振興機構)がまとめています。原文のまま引きます。
当該商標が外国における商標権者又は当該商標権者から使用許諾を受けたものにより適法に付されたものである場合
当該外国における商標権者と我が国の商標権者が同一人であるかまたは法律的もしくは経済的に同一人と同視しうるような関係があること
我が国の商標権者が直接的にまたは間接的に当該物品の品質管理を行いうる立場にあり、当該物品と我が国の商標権者が登録商標を付した物品とが当該登録商標の保証する品質において実質的に差異がないと評価される場合
出典: ジェトロ「ブランド商品の並行輸入における留意点:日本」(2025年8月更新)
ざっくり言い直すと、①その商標が海外で正しく付けられたものか ②海外と日本の商標権者が実質同じか ③日本側が品質を管理できる立場にあって、品質に実質的な差がないかの3つです。
この3要件は、税関の権利別申立ての具体的手順(商標権)のページが「関税法基本通達69の11-7(1)」として名指ししているものです。どこかの誰かの解釈ではなく、税関が実務で使っている基準ということになります。
正直に書いておくと、ジェトロのページは「判例をベースとした」とは書いていても、元になった判決の事件名や年月日までは載せていません。裁判所のサイトで該当の判例を開こうとしたんですが、こちらはURLが404で読めませんでした。なので判例名は本稿では出しません。
本物と1ミリも違わなくても、止まることがある
ここが個人的に一番おもしろかったところです。税関のQ&Aにこう書いてあります。
知的財産侵害物品に該当するか否かの判断は事前にお答えできる性質のものではありません。なぜなら、真正品と全く差異のない場合でも適法な並行輸入品に該当しない等の理由により知的財産侵害物品になる場合があります。また、その逆で明らかな模倣品であっても権利者の許諾があれば知的財産侵害物品にはなりません。
つまり「本物かどうか」と「輸入していいかどうか」は別の判定なんです。本物であることは、通関できることを意味しない。
「並行輸入品って偽物なんですか?」という質問がサジェストにたくさん出てきますが、質問の立て方自体が少しずれていて、本物か偽物かではなく3要件を満たす経路で入ってきたかが問われている、というのが正確なところだと思います。
2022年10月から、個人で買っても止まるようになった
海外の通販サイトで直接買おうとしている人には、こちらのほうが影響が大きいかもしれません。
令和3年5月に改正された商標法・意匠法において、海外の事業者から郵送等で送付される模倣品(商標権又は意匠権に係るもの)が、商標権や意匠権を侵害する物品に該当することとなりました。これを受けて関税法が改正され、このような模倣品が令和4年10月1日から税関の取締りの対象となりました。
これにより、個人使用目的で輸入しようとする場合であっても、通販サイトなどで購入した模倣品(商標権又は意匠権に係るもの)が海外の事業者から送付される場合には、輸入できなくなりました。(関税法第69条の11第1項第9号の2)
以前は「個人で使うぶんには」という扱いがありましたが、2022年10月1日で変わっています。
念のため書き分けておくと、これは模倣品の話です。3要件を満たす真正商品の並行輸入まで止まるようになった、という意味ではありません。ただ、同じQ&Aの中に「少量であれば対象にならないのか」「偽物と知らなかったら対象にならないのか」という質問が並んでいて、税関の答えはどちらも数量にかかわらず手続きが始まる/知らなくても輸入できないでした。知らずに買った、は通らないということです。
保証書は「買った国だけ」。これが並行輸入の本体だと思う
適法性の話は、正直そこまで実害のある論点ではないと思っています。実際に効いてくるのは保証のほうです。
一般社団法人 日本時計協会が、消費者向けQ&Aでこう書いています。
保証書は原則として購入された国のみで適用になります。購入国以外で利用される予定の場合や外国にお土産で持参されるような場合、ウオッチについては国際保証を受けられる製品もありますので、お店あるいは各メーカーにご相談ください。
尚、国際保証書がついた製品でも、対象となる国に制限がありますので、ご利用になる国で保証が受けられるのかをご確認いただいてから購入されることをお勧めいたします。
保証は世界共通ではなく、買った国に紐づくのが原則。 並行輸入品の保証が話題になるのは、値段の問題というより、この仕組みが理由です。海外で売られた個体を日本に持ってきているので、原則どおりなら日本の保証の外側にいることになります。
同じページには、実務的に効く記載がもう3つあります。
- 保証期間はメーカー、販売店、商品によって異なる。一律ではない
- 通常、保証期間は販売店で記入された購入日から起算される
- 通常、保証書は再発行されないので大切に保管してほしい
あと地味に効くのが「通常電池は保証対象外です」という一文で、クオーツの電池交換を保証で見てもらえると思っていると当てが外れます。
ここで正直に限界も書いておきます。このQ&Aの末尾には「本内容は、日本時計協会会員及びその製品に適用されている事項です」という注記が付いています。つまり協会の会員企業とその製品についての説明であって、世の中の全ブランドがこの通りだと保証するものではありません。
そして肝心の、特定ブランドが並行輸入品の修理やオーバーホールを実際にどう扱っているかについては、本稿では書きません。 各ブランドの公式サイトを確認しようとしたんですが、ロレックスもタグ・ホイヤーもアクセスが遮断されて読めませんでした。読めていないものを「たぶんこうです」と書くのは、この記事でやりたいことと逆なので。
「並行品は正規店で修理を断られる」と書いている記事は多いです。ただその根拠を示しているものを見つけられませんでした。 買う前に、店とメーカーの窓口に直接聞くのが確実です。日本時計協会は時計各社の修理・相談窓口の一覧も出しています。
売るときに効いてくるのは、保証書と箱
ここからは古物商として時計を売り買いしてきた側の話です。
上に引いた「通常、保証書は再発行されない」という一文、買うときはピンと来ないんですが、売るときに一番効きます。 再発行されないということは、無くしたら二度と揃わないということなので。付属品が欠けている個体と揃っている個体では、扱いが変わります。
値付けそのものがどう決まるかは別の記事に書いたので、そちらに譲ります。
外装と付属品が査定でどう見られるかは以前に書いたとおりで、時計そのものと同じくらい、紙と箱が残っているかが効きます。 再発行されない書類がある以上、時計と付属品を一箇所にまとめておける収納ケースがあると扱いが楽になります。
持ち運ぶ機会があるなら、巻いて収めるタイプのほうが省スペースです。こういうものもある、という程度の紹介にとどめます。
外装そのものの扱いについては、運転中の傷の話とあわせて別記事に書いています。
私が正規店でしか買っていないのは、並行の否定ではない
最後に立場をもう一度はっきりさせておきます。
私は18本の売買をしてきて、手元に置いたものは全部正規店で買いました。その結果として並行輸入店での買い心地・アフターの実感は持っていません。 持っていないものを持っているように書くつもりはないので、この記事は「どちらで買うべきか」の結論を出していません。
ついでに言うと、うまくいった取引ばかりでもないです。大きく損を出したものもあります。なので「正規で買っておけば安心」と言い切るつもりもありません。
この記事でやったのは、売る側ではない立場から、確かめられることだけを確かめることでした。適法性は税関が明記している。3要件は通達にある。保証は購入国に紐づくのが原則で、国際保証がある製品でも対象国に制限がある。ここまでは原文で確認できます。その先の、個別のブランドが実際にどう対応するかは、確認できていません。
よくある質問
並行輸入品は偽物なんですか?
いいえ、経路の呼び名なので偽物という意味ではありません。ただし税関は「真正品と全く差異のない場合でも適法な並行輸入品に該当しない等の理由により知的財産侵害物品になる場合があります」としています。本物であることと、輸入できることは別の判定だと考えてください。
並行輸入品でもオーバーホールは受けられますか?
ブランドと窓口によります。ここは公式の情報を確認できなかったため、本稿では断定しません。日本時計協会が時計各社の修理・相談窓口の一覧を公開しているので、購入前にそこへ直接確認するのが確実です。
保証書が付いていれば日本でも保証を受けられますか?
日本時計協会は「保証書は原則として購入された国のみで適用になります」としています。国際保証を受けられる製品もありますが、その場合でも「対象となる国に制限があります」とあるので、日本が対象に入っているかを買う前に確認する必要があります。
海外旅行先で自分用に買ってくるのも並行輸入になりますか?
自分で使うために海外で買って持ち帰る場合、いわゆる並行輸入品の流通とは立場が違いますが、保証の扱いは同じ論点になります。購入国に紐づくのが原則なので、国際保証の対象国を確認しておいたほうがいいです。なお2022年10月1日以降、個人使用目的であっても海外の事業者から送付される模倣品は輸入できなくなっています。
結局、正規と並行のどちらで買えばいいですか?
ここでは結論を出していません。私は並行で買った経験がないので、比較して語れる立場にないからです。判断材料として、適法性は問題にならないこと、保証は購入国に紐づくのが原則であること、付属品と保証書は再発行されないこと、の3点を押さえておけば大きく外さないと思います。
参考にした一次情報
- 税関「2002 知的財産侵害物品の輸入規制(カスタムスアンサー)」
- 税関「Q&A(税関の取締り)」
- 税関「権利別申立ての具体的手順(商標権)」
- ジェトロ「ブランド商品の並行輸入における留意点:日本」
- 日本時計協会「時計の保証期間と対象範囲について教えて」
- 関税法(e-Gov法令検索)
- 商標法(e-Gov法令検索)
- 古物営業法(e-Gov法令検索)
本記事は情報提供を目的としており、特定の商品や販売店の勧誘を目的とするものではありません。記載内容は2026年8月時点で公開されている情報にもとづいています。法令の解釈や個別の取引の可否については、弁護士等の専門家にご相談ください。時計の保証・修理の可否は、購入前に各メーカーおよび販売店の窓口へ直接ご確認ください。





