時計を18本売り買いしてきて、いちばん腑に落ちるのに時間がかかったのがここでした。同じ個体でも、持ち込む店が変われば返ってくる金額は変わります。
よくある説明は「店ごとに査定基準が違うから」です。間違いではないのですが、これだと「じゃあ基準が厳しい店を避ければいい」という話になってしまって、実際の動き方と合いません。
私の理解はこうです。買取店が見ているのは、目の前の時計そのものではなく、その時計を次にどこへ流すか。 出口が違えば、出せる金額も変わります。
内訳はロレックスが13本、パテック フィリップが2本、オーデマ ピゲが1本、オメガが2本。2023年以降の話で、時計・宝飾品を取扱品目とする古物商許可も持っています。全部うまくいったわけではなくて、大きく損を出した個体もあります。
以下、金額は書きません。相場の水準にも触れません。値段の決まり方の構造だけを、法律と公開データで追います。
買取価格は「次にいくらで捌けるか」から逆算されている
買取店は慈善事業ではないので、仕入れて、売って、その差で経営しています。つまり提示額は
- その個体を次の相手にいくらで渡せるか
- そこから自社の取り分(人件費・店舗費・保証や整備のコスト・在庫リスク)をいくら引くか
の引き算です。前者が店によって違えば、後者が同じでも金額は変わります。
では前者は何で決まるのか。出口が3つあって、店によってどれを主に使うかが違う、というのが私の見立てです。
| 出口 | 特徴 |
|---|---|
| 自社の小売(店頭・自社EC) | 最終消費者に売るので単価は高い。ただし在庫を抱える期間が長く、売れ残りのリスクを自社で持つ |
| 業者間オークション | すぐ現金化できる。ただし買い手はプロなので、小売価格より低いところで決まる |
| 海外への輸出 | 為替とその国の需要次第。強いときは国内より高く出せる |
自社小売のルートが強い店は、そのモデルに限って高く出せます。逆に、扱い慣れていないブランドは業者間に流す前提になるので、そこから逆算した金額しか出ません。
「A店はロレックスに強く、B店はドレスウォッチに強い」という言われ方は、鑑定眼の話に聞こえますが、実際は出口の話だと思っています。ここは私の解釈なので、そのつもりで読んでください。各社が内部でどう値付けしているかを開示しているわけではありません。
業者間の市場に、一般の人は法律上入れない
ここが今回いちばん書きたかったところです。
業者間オークション(古物市場)は、慣行として閉じているのではなく、法律で閉じています。
古物市場においては、古物商間でなければ古物を売買し、交換し、又は売却若しくは交換の委託を受けてはならない。
古物営業法 第14条第3項です(e-Gov法令検索「古物営業法」)。
つまり、古物商の許可を持っていない人は、そもそもその市場で売り買いできません。 相場を見ることもできません。売る側が見られるのは、買取店が提示してくる「業者間相場から取り分を引いたあとの数字」だけです。
複数社に見積もりを取ると差が出るのは当たり前で、私たちは元の数字を見られないまま、引き算された結果だけを比べているということになります。相見積もりが有効なのは、この構造の裏返しです。
この市場が閉じているのを「業界の内輪の事情」として説明している記事をよく見かけますが、そうではありません。条文で閉じています。 目的も意地悪ではなく、盗品の流通を止めるための制度設計です。同じ法律が、後述する本人確認や帳簿の義務まで一続きで定めています。
その市場はどれくらいの規模なのか
抽象的な話で終わらせたくないので、実際に運営されているBtoBオークションの公表値を出します。コメ兵が運営する「KOMEHYOオークション」の公式サイトからの引用です。
| 項目 | 公表値 |
|---|---|
| 入札参加企業 | 延べ2,700社突破 |
| 時計の出品数 | 約3,900点/月 |
| 時計オークションの開催 | 毎週水曜・月4回 |
| 4商材(時計・バッグ・宝石・アパレル)合計 | 毎月約33,000点 |
| 下見・入札期間 | 結果確定日の前5日間 |
出典: KOMEHYOオークション公式サイト(2026年8月時点)
時計だけで月3,900点、しかも毎週開催です。街の買取店が「今日この個体をいくらで引き取るか」を決めるとき、参照しているのはこの規模の市場です。
同社は会員向けに「過去のオークション落札実績に基づく商品の相場情報検索機能」を提供している、とも書いています。落札実績のデータベースを持っているかどうかが、値付けの精度の差になるわけです。個人がネットで拾える中古販売価格とは、見ている数字が違います。
入るには古物商許可がいる。会費も審査もある
では会員になるには何が必要か。同じサイトの入会案内に条件が書かれています。
- 会員登録時に古物商許可証と登記簿謄本(個人の場合は写真付きの本人確認書類)が必要
- 登録内容をもとに、同社基準の審査がある
- 入会金 30,000円(入会時のみ)
- 月会費 3,000円/月
- 出品手数料・落札手数料は商品1点ごと(具体的な手数料率は非公開で、問い合わせ扱い)
出典: KOMEHYOオークション「入会案内」(2026年8月時点)
入会金と月会費は、正直そこまで高い数字ではありません。壁になるのは古物商許可のほうです。個人でも取れますが、営業所の要件があり、警察署を経由した申請になります。
そして、ここではっきり書いておきたいことがあります。手数料率が非公開なので、「買取店が何%抜いているか」は私にも分かりません。 構造としてマージンが乗っているとしか言えず、率を書いている記事を見かけたら、その根拠を確かめたほうがいいと思います。
「相場」がひとつではないのは、そのため
中古時計の価格を調べると、少なくとも3種類の数字が出てきます。
| 数字 | 誰が見ている数字か |
|---|---|
| 中古の販売価格 | 買う人。小売店の店頭・ECに出ている値札 |
| 業者間の落札価格 | 古物商だけ。会員向けの相場情報として提供される |
| 買取店の提示額 | 売る人。上の2つから逆算されて出てくる |
「買取相場」で検索して出てくるのは3番目です。しかもそれを公開しているのは買取店自身で、自分が買う側の数字を自分で出していることになります。悪意があると言いたいわけではなく、立場上そうなる、という話です。
ここは弱点も書いておきます。2番目の落札価格を、この記事に具体的に載せることはできません。会員向けに提供されているデータで、外に出す性質のものではないからです。書けるのは「そういう数字が存在していて、あなたが見ている数字はそれではない」というところまでです。
身分証を求めない店があったら、そこは法律のほうを守っていない
構造の話から少し外れますが、売る側として知っておいて損がないので書きます。
古物商は、買い受けるときに相手方の住所・氏名・職業・年齢を確認する義務があります(古物営業法 第15条)。さらに取引の都度、年月日・品目・数量・特徴・相手方の情報を帳簿等に記載する義務もあります(同 第16条)。
警視庁は、この確認義務について次の点を明記しています(警視庁「古物商許可申請をされる方へ」・2026年8月時点)。
- 古物商同士の取引でも、相手方の確認義務は免除されない
- ネットオークションやフリマアプリを使った取引でも確認は必要
- 非対面の取引では、単に運転免許証のコピーを送ってもらう方法では不十分
- ネットで古物を扱うなら、許可を受けた公安委員会名・許可証番号・氏名の表示義務がある
加えて、貴金属等を扱う古物商は犯罪収益移転防止法の「特定事業者」にあたり、本人特定事項の確認義務と疑わしい取引の届出義務を負います(警察庁「古物営業・質屋営業について」)。
身分証の提示を求められるのは、店が疑っているからではなく、店の側に義務があるからです。逆に言えば、何も求めずに現金を出してくる相手は、その義務を果たしていません。手続きが面倒でも、ここは正面から通ったほうがいいです。
個人が動かせるのは、もっと手前の部分
構造の話をしてきましたが、出口も相場も、こちらからは触れません。動かせる部分はこの手前にあります。
動かせるのは、渡す個体の状態と、渡す相手の数です。
- 付属品を揃える — 箱、保証書、余ったコマ。後からでも戻せる部分
- 外装を作り込まない — 研磨は取り返しがつかないので、売る直前に自己判断でやらない
- 複数社に出す — 出口が違えば金額が違う、というのがこの記事の結論なので、1社で決めない
このうち付属品は、売る直前ではなく、買った直後の扱いで決まります。 余ったコマが典型で、サイズ調整のときに外したまま店に置いてきてしまうと、あとから取り戻せません。箱・保証書・コマを1か所にまとめておくだけで、売るときに探す手間が消えます。
もうひとつ、査定では「動く状態か」も見られます。自動巻きを複数持っていると、巻き上げのために順番に着けるのが現実的でなくなるので、機械に任せるという手もあります。ただし必需品ではありません。 止まっていても、査定の前に動かしておけば足ります。
外装と付属品が査定でどう扱われるかは、運転中の傷を題材にして別記事に書きました。時計を車と一緒に使っている人は、こちらのほうが実務的だと思います。
もうひとつ。売るときの条件は、買うときにだいたい決まっています。 どの個体を選ぶか、付属品が揃っているか、正規で買っているか。売却の直前に慌てても、動かせる幅はそれほどありません。
同じことを不動産でも経験しました。出口を自分の都合で選べるとは限らない、という話です。
持ち物にかかるコストをどう払うかという意味では、車の維持費の記事とも地続きです。
よくある質問
買取店を何社まわれば十分ですか
決まった正解はありません。ただ、出口が違えば金額が違うという構造なので、得意分野が違う店を選ぶほうが、同じタイプの店を数多くまわるより差が出やすいと考えています。数をまわること自体が目的ではありません。
業者間オークションに個人で参加できませんか
古物営業法 第14条第3項により、古物市場では古物商間でしか売買できません。参加するには古物商許可が必要で、オークション側にも審査と会費があります(KOMEHYOオークションの場合、入会金30,000円・月会費3,000円/2026年8月時点)。
買取店は何%くらい抜いているのですか
確認できませんでした。 手数料率を公開しているオークションが見当たらず、KOMEHYOオークションも「具体的な手数料率は、お問い合わせください」としています。率を断定している情報は、根拠を確かめてから受け取ったほうがいいと思います。
売る前にオーバーホールしたほうがいいですか
一概には言えません。費用をかけた分がそのまま上乗せされるとは限らないためです。ただし受けた記録が残っているなら、それは持ち込んだほうがいいというのは各社が共通して書いている点です。判断に迷う個体は、時計の専門家や複数の買取事業者に相談してください。
まとめ
- 同じ時計に違う金額が付くのは、その店の出口(自社小売・業者間・海外)が違うから
- 業者間の市場は、古物営業法 第14条第3項により古物商同士でしか売買できない
- 実際の規模は、時計だけで月約3,900点・毎週開催(KOMEHYOオークション公表値・2026年8月時点)
- 参加には古物商許可・審査・入会金30,000円・月会費3,000円が必要
- 手数料率は非公開なので、「何%抜かれる」という数字は確かめてから受け取る
- 個人が動かせるのは、付属品・外装・出す社数という手前の部分
売るときになってから動ける幅は、思っているより狭いです。買うときに決まっているというのが、18本ぶんの売り買いを振り返って残った実感でした。
※ 本記事は2026年8月時点の公開情報に基づく情報提供を目的としており、特定の買取事業者・商品の勧誘を目的とするものではありません。記載した金額は各社が公表している会費等であり、買取価格の水準や相場については触れていません。個別の売却判断や税務上の取り扱いについては、税理士などの専門家、または複数の買取事業者にご相談ください。筆者の売買実績は2023年以降のもので、他の方の結果を保証するものではありません。





